自分で動かせるものが、ほとんどない
賃貸経営で結果を左右する要素を並べてみると、そのほとんどが自分の手の外にあります。
- 家賃相場 — 周辺の需給が決めます
- 金利 — 金融政策が決めます
- 立地 — 買った時点で決まっています
- 築年数 — 毎年進みます
- 固定資産税 — 評価額が決めます
いずれも「読む」ことはできても「変える」ことはできません。買ったあとの不動産投資家(大家)にできるのは、手の届く範囲を丁寧にやることだけです。
原状回復は、その数少ない一つです。 しかも、退去のたびに必ず巡ってきます。
原状回復が決めているもの、3つ
原状回復は「退去後の後始末」と捉えられがちですが、実際には次の3つを同時に決めています。
① 次の入居者が決まるか
内見に来た人が見るのは、間取り図ではなく実物の状態です。クロスの黄ばみ、水回りの水垢、玄関を開けた瞬間の臭い。
いまは内見の前に、写真で半分決まります。 ポータルサイトに載る室内写真が古びていれば、そもそも問い合わせが来ません。原状回復の仕上がりは、募集資料そのものになります。
② いつ決まるか
原状回復が終わらなければ、写真が撮れず、募集も始まりません。工期はそのまま空室期間です。
家賃7万円の物件なら、空室1日あたり約2,300円の機会損失。10日で終わる場合と20日かかる場合では約23,000円の差になります。
さらに厄介なのが時期です。賃貸需要は1〜3月に集中します。2月に退去が出た部屋の原状回復が3月末までかかれば、最も人が動く時期を丸ごと逃します。 逃した分は次の繁忙期まで戻ってきません。
③ いくら手元に残るか
原状回復費は年間家賃収入の数%を占めます。しかも保有し続ける限り、退去のたびに発生し続けます。
具体的な計算は原状回復と不動産投資家|費用・利回り・空室期間の関係を整理するで整理しています。
一度の判断が、何度も効いてくる
原状回復の重みを分かりにくくしているのは、1回あたりの金額がそれほど大きく見えないことです。15万円、20万円。物件価格に比べれば小さく見えます。
しかし賃貸住宅の入居期間は平均して2年前後です。10年保有すれば、同じ部屋で4〜5回。10室持っていれば、10年で40〜50回。
1回あたり3万円の差は、10室10年で1,200万〜1,500万円の差になります。
逆に言えば、一度きちんと考えて基準を作れば、その効果も同じ回数だけ繰り返されます。 原状回復が「毎回その場で判断する作業」から「決めた基準に従って流す作業」に変われば、金額も工期も安定します。
「請求する」より「設計する」
原状回復の話は、しばしば「どこまで入居者に請求できるか」に集中します。しかし、そこで得られるものには限りがあります。
2020年施行の改正民法により、賃借人の原状回復義務からは通常損耗と経年変化が除外されることが明文化されました(民法第621条)。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」も同じ立場です。
つまり、入居者が普通に生活した結果の色あせや軽微な汚れについて、大家は費用を請求できません。 さらにクロスには減価償却が適用され、入居6年を超えていれば残存価値はごくわずかになります。
「請求できる範囲」を広げようとしても、法律とガイドラインが上限を決めています。 そこを争うことに時間を使うより、「自分が負担する分をどう設計するか」に頭を使ったほうが、結果は大きく変わります。
設計とは、たとえばこういうことです。
- この部屋は次も2年で回るのか、長く住んでもらう想定か
- 全面張替えが要る状態か、塗り替えで足りる状態か
- グレードを上げてでも早く決めたい時期か
- 工期を1週間縮めるために、多少高くても手配を優先すべきか
どれも「いくら請求できるか」とは無関係に、大家が決められることです。
長く住んでもらうことが、最大の対策になる
ここまで見てきたコストは、すべて「退去が発生したこと」から生まれています。
原状回復費、募集広告費、仲介手数料、空室期間の家賃損失。退去が1回減れば、これらがまとめて消えます。
減価償却の考え方では、長く住んでもらうほど借主に請求できる金額は小さくなります。一見すると大家に不利です。しかし発生回数そのものが減るため、トータルでは長期入居のほうが有利です。6年住んでもらえば、2年で入れ替わる場合と比べて原状回復は3分の1で済みます。
そして丁寧に原状回復された部屋は、長く住まれやすい。 入居時にきれいだった部屋は大切に使われますし、設備の不具合が事前に潰してあれば、住んでからの不満も出にくくなります。
原状回復は、次の入居者を決めるための作業であると同時に、その人に長く住んでもらうための作業でもあります。
まとめ
- 家賃も金利も立地も動かせない。原状回復は大家が自分で動かせる数少ない領域
- 原状回復は「決まるか」「いつ決まるか」「いくら残るか」を同時に決めている
- 1回の金額は小さく見えるが、退去のたびに繰り返される。10室10年なら40〜50回
- 通常損耗は貸主負担。「請求する」より「設計する」ほうが結果が変わる
- 長期入居が最大のコスト対策。丁寧な原状回復はそこにもつながる
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出典
- 民法第621条(賃借人の原状回復義務)
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」
※本記事の金額はいずれも仕組みを説明するための一般的な目安・試算です。物件の状態、施工の仕様、地域などにより変動します。特定の事業者を評価・批判するものではありません。