原状回復は「出費」ではなく「経営判断」です
賃貸物件を保有していれば、入居者の退去のたびに原状回復が発生します。多くの不動産投資家(大家)にとって、これは「避けられないコスト」として処理されがちです。
しかし原状回復は、利回りと空室期間の両方に直接効いてくる、数少ない自分でコントロールできる領域です。家賃相場は市場が決めますし、金利も自分では動かせません。その中で、原状回復は判断次第で結果が変わります。
この記事では、不動産投資家(大家)の視点から、原状回復の費用がどこにどう効くのかを整理します。
原状回復費は利回りをどれだけ削るか
まず、数字で見てみます。仮にこういう物件があるとします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 家賃 | 月70,000円 |
| 年間家賃収入 | 840,000円 |
| 物件価格 | 1,000万円 |
| 表面利回り | 8.4% |
ここで、退去のたびに原状回復費が15万円かかったとします。入居者の入れ替わりが平均4年に1回なら、年間に均すと約37,500円。年間家賃収入840,000円に対して約4.5%です。
表面利回り8.4%から見れば、原状回復費だけで0.38ポイント分が消えている計算になります。ここに管理費、固定資産税、保険、修繕積立が乗ってきます。
原状回復費が15万円ではなく10万円で済んだら、年間に均して約12,500円の差。金額としては小さく見えますが、これは毎回・毎室・保有し続ける限り発生し続ける差です。10室持っていれば10倍になります。
※上記は仕組みを理解するための単純化した例です。実際は工事内容・築年数・入居期間により大きく変動します。
もうひとつのコスト、空室期間
原状回復には、見積書に載らないコストがあります。空室期間です。
家賃70,000円の物件なら、空室1日あたり約2,300円の機会損失が発生しています。原状回復が10日で終わる場合と20日かかる場合では、それだけで約23,000円の差です。
しかも空室期間は、単に家賃が入らないだけではありません。募集開始が遅れると、繁忙期を逃すという問題があります。賃貸の需要は1〜3月に集中します。2月に退去が出た部屋の原状回復が3月末までかかれば、最も入居者が動く時期を丸ごと逃すことになります。
つまり原状回復では、「いくらか」と同じくらい「いつ終わるか」が重要です。安いが3週間かかる見積もりと、少し高いが1週間で終わる見積もりでは、後者のほうが手残りが多いこともあります。
見積もりを受け取ったら、金額と一緒に「着工日」と「完了予定日」を必ず確認してください。
大家が負担する範囲は決まっている
原状回復の費用を、どこまで入居者に請求できるのか。ここは国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が実務上の基準として広く使われています。
大まかに言えば、経年変化と通常損耗は貸主(大家)の負担です。次のようなものが該当します。
- 家具の設置による床やカーペットのへこみ
- 日照によるクロスや畳の変色
- テレビ・冷蔵庫の裏の電気ヤケ
- 画鋲やピンの穴(下地ボードの張替えが不要な程度のもの)
一方、入居者の使い方に起因する損耗は借主負担になり得ます。
- タバコのヤニによる著しい変色・臭い
- 結露を放置したことによるカビ・腐食
- ペットによる柱の傷や臭い
- 清掃を怠ったことによる水回りの著しい汚れ
さらに、クロスや床材には減価償却の考え方が適用されます。クロスの耐用年数は一般に6年とされ、入居6年以上であれば残存価値はごくわずかになります。つまり長く住んでもらった部屋ほど、借主に請求できる金額は小さくなります。
これは一見すると大家にとって不利ですが、長期入居は原状回復と募集費用の発生回数そのものを減らします。 6年住んでもらえば、2年ごとに入れ替わる場合と比べて原状回復は3分の1で済みます。トータルでは長期入居のほうが有利です。
原状回復の費用は何でできているか
見積書を分解すると、賃貸の原状回復はおおむね次の要素で構成されます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| クロス張替え | 最も金額が大きくなりやすい。㎡単価×面積で計算される |
| 床材(CF・フローリング) | 部分補修か全面張替えかで大きく変わる |
| ハウスクリーニング | 水回り・レンジフード・エアコンの有無で変動 |
| 建具・設備の補修 | ドアの調整、パッキン交換、網戸張替えなど |
| 廃材処分・養生・諸経費 | 単価に含まれる場合と別建ての場合がある |
このうち、金額を左右するのはほぼクロスと床です。 逆に言えば、この2つの数量と単価を理解すれば、見積もりの妥当性はかなり判断できるようになります。
クロスの単価の見方については、原状回復の見積書「一式」を分解する|大家が確認すべき5項目で詳しく説明しています。
原状回復を誰に頼むか、3つの選択肢
不動産投資家(大家)が原状回復を手配する方法は、大きく3つあります。
① 管理会社に任せる
最も一般的で、手間がかかりません。退去立会いから工事、次の募集までを一括で進めてもらえるため、物件が遠方にある場合や、保有戸数が多い場合には合理的な選択です。
管理会社は複数の協力業者を抱えており、繁忙期でも動かせる体制を持っていることが多い。スピードを買うという意味でも価値があります。
② 自分で業者を探して直接発注する
地元の工務店や職人に直接依頼する方法です。中間のやり取りが減るぶん、条件次第では費用を抑えられることがあります。
ただし、業者を探す手間、品質のばらつき、そして支払いのリスクを自分で引き受けることになります。「安い業者に頼んだら仕上がりが粗く、入居後すぐに剥がれて直しに費用がかかった」という話は珍しくありません。是正コストまで含めると、結果的に高くつくこともあります。
③ マッチングの仕組みを使う
近年は、大家と職人を直接つなぐ仕組みも出てきています。1件の依頼に対して複数の職人から見積もりが届くため、金額だけでなく、評価や提案内容も見比べて選べるのが特徴です。
複数の業者から見積もりを取って比較すること自体は、不動産投資では一般的な手続きとして広く推奨されています。 ただ、実際にやろうとすると、探して、連絡して、現地を見てもらって、と手間がかかる。その手間を減らすのがマッチングの役割です。
どれが正解ということはありません。 保有戸数、物件までの距離、かけられる時間、そして今の業者との関係によって、合う方法は変わります。
まとめ
- 原状回復費は年間家賃収入の数%を占め、保有し続ける限り発生し続ける
- 空室1日あたりの損失を計算すると、工期の重要性が見える
- 経年変化・通常損耗は貸主負担。長期入居ほど借主への請求額は小さくなるが、トータルでは有利
- 金額を左右するのはほぼクロスと床。この2つを理解すれば判断できる
- 手配の方法は3つ。物件の状況によって合う方法は変わる
原状回復は、退去のたびに反射的に処理してしまいがちな作業です。ただ、一度だけ内訳を理解しておけば、その後の判断がすべて速くなります。
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出典
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」
※本記事の金額はいずれも仕組みを説明するための一般的な目安・試算です。物件の状態、施工の仕様、地域、保証の範囲などにより金額は変わります。特定の事業者を評価・批判するものではありません。