「張り替えるほどではないが、このままでは決まらない」

退去後の部屋を見て、こう感じたことはないでしょうか。

破れも大きな汚れもない。でも、なんとなく古びて見える。

原状回復でいちばん判断に迷うのが、この状態です。全面張替えをすれば確実にきれいになりますが、費用はかかる。かといってそのまま募集すれば、内見した人の印象は良くない。

こうした場面で選択肢になるのが、クロスを張り替えずに塗装で再生する方法です。クロスシャイニング、あるいはクロス塗装クロス塗り替えと呼ばれます。専用のクロス染料を既存のクロスの上から施工し、色と質感を回復させる工法です。

クロスシャイニング(クロス塗装)とは

既存のクロスを剥がさず、その上から専用の塗料・染料を塗って仕上げます。ペンキを塗るのとは違い、クロスの表面の凹凸(テクスチャ)を残したまま色を乗せるのが特徴です。仕上がりは、塗ったというより「新しいクロスに近い見え方」になります。

張替えとの主な違いを整理します。

クロス塗装(クロスシャイニング)クロス張替え
費用張替えより約3割安い基準
既存クロス剥がさない剥がして張り替える
廃材ほとんど出ない剥がしたクロスの処分費が発生
持ち2〜3年(使用状況による)一般に耐用年数6年とされる
実際の施工サイクルどちらも入居者の退去のたび(平均約2年)。材料の耐用年数では決まらない
下地の状態影響を受けやすい下地補修をして張り替えられる

どんなときに向くか

いちばん向くのは、「張り替えるほど汚れてはいないが、仕上がり感を強調したい」という部屋です。

  • 目立つ破れや剥がれはないが、全体に薄く黄ばんできた
  • 日焼けで色が褪せて、部屋が暗く見える
  • クロス自体はまだ使えるが、内見での印象を上げたい
  • 次の大規模改修までのつなぎとして、費用を抑えて見栄えを整えたい

また、廃材が出ないぶん工程が減るという点も見逃せません。剥がす・処分するという作業がなくなるので、部屋の状況によっては張替えより早く仕上がります。

原状回復では、金額と同じくらいいつ終わるかが重要です。家賃7万円の物件なら空室1日あたり約2,300円の機会損失が発生しています。数日でも早く募集を開始できるなら、その差は無視できません。この点は原状回復と不動産投資家|費用・利回り・空室期間の関係で詳しく整理しています。

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向かないケースもあります

ここは正直にお伝えしておきます。クロス塗装は万能ではありません。

下地、つまり既存のクロスが汚れている場合、注意が必要です。 特にタバコのヤニのように、汚れがクロスに深く染み込んでいるケースでは、1回塗りではムラが出る可能性があります。

その場合は追加の工程が必要になり、当然ながら費用も変わります。「3割安い」という前提が崩れることもあるということです。

次のような状態では、素直に張替えを選んだほうがよい場合が多くなります。

  • クロスに破れ、めくれ、大きな剥がれがある
  • 下地のボードそのものが傷んでいる
  • ヤニによる著しい変色・臭いがある
  • 結露によるカビが広範囲に出ている

写真だけで判断せず、現況を見てもらってください。 塗装が向くかどうかは、クロスの種類と汚れの入り方で決まります。ここを飛ばすと、仕上がってから「思っていたのと違う」ということになりかねません。

なぜ近年、クロス塗装が注目されているのか

ここが、この工法を理解するうえでいちばん大事な部分です。そして、多くの費用比較が見落としている点でもあります。

クロスは「耐用年数6年」で交換されるわけではない

クロスの耐用年数は一般に6年とされています。しかし6年ごとに張り替えているわけではありません。

賃貸住宅の入居期間は、平均すると2年前後です。そして退去のたびに原状回復が発生し、その都度クロスの張替えが必要になります。 つまり実際の施工サイクルを決めているのは、材料の耐用年数ではなく入居者の入れ替わりです。

6年もつ材料を、2年で捨てている——これが賃貸物件の原状回復で実際に起きていることです。

そしてその費用は、貸主(大家)が負担する

さらに重要なのが、この張替え費用を誰が払うのかという点です。

2020年に施行された改正民法では、賃借人の原状回復義務から通常損耗と経年変化が除外されることが明文化されました(民法第621条)。国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」も同じ考え方に立っています。

つまり、入居者が普通に生活した結果の色あせや軽微な汚れについて、大家は借主にクロス張替え費用を請求できません。

加えて、クロスには減価償却が適用されます。耐用年数6年に対して入居2年で退去した場合、仮に借主の過失による毀損があったとしても、請求できるのは残存価値をもとにした金額に限られます。

結果として、2年ごとに発生する張替え費用は、実質的に大家が負担することになります。

この前提で計算し直すと

クロス塗装クロス張替え
1回あたりの費用70,000円100,000円
実際の施工サイクル2〜3年
(次の退去までもつ)
2年
(退去のたび)
年あたり約28,000〜35,000円約50,000円

※金額は仕組みを説明するための仮の数字です。実際は面積・部屋数・下地の状態・地域により変動します。

年あたりで比べると、クロス塗装のほうが安くなります。

理由は単純です。塗装の持ち(2〜3年)が、入居者の入れ替わりサイクル(約2年)とほぼ一致しているから。必要な期間だけもたせる、という考え方です。

6年分の性能に対価を払いながら2年で捨てるのが張替え、2〜3年分の性能を、それに見合う価格で用意するのがクロス塗装——この差が、年あたりのコストに表れます。

これが、近年クロス塗装(クロスシャイニング)が注目を集めている理由です。通常損耗の貸主負担が法律上はっきりしたことで、「原状回復費は大家が持つもの」という前提が明確になりました。だからこそ、その費用をどう設計するかが経営判断になったのです。

特に効果が出やすい場面

  • 入居者の回転が早い物件 — ワンルーム、学生向け、単身者向けなど。サイクルが短いほど差が積み上がります
  • 保有戸数が多い場合 — 1室あたり年10,000円前後の差でも、10室なら年100,000円になります
  • 繁忙期の直前に退去が出たとき — 廃材処分の工程がないぶん工期を詰められ、1〜3月の需要に間に合わせやすくなります
  • 汚れは軽微だが、内見の印象を上げたいとき — 費用対効果が最も出る場面です

3回塗ったら、1回は張り替える

ただし、塗装だけを永久に繰り返すことはできません。

クロス塗装を重ねていくと、3回程度で、クロスを剥がすときに剥がしにくくなります。塗膜が積み重なることで、次に張替えをしようとしたときの手間が増えるためです。

そのため実務では、3回に1回は張替えを入れて下地をリセットするという組み立てになります。塗装 → 塗装 → 張替え、というローテーションです。

ローテーション前提で計算すると

入居サイクル2年、3回に1回の張替えを前提に、6年間(=3回の退去)で比較します。

塗装2回+張替え1回毎回 張替え
6年間の合計70,000×2 + 100,000
240,000円
100,000×3
300,000円
年あたり約40,000円約50,000円

※金額は仕組みを説明するための仮の数字です。実際は面積・部屋数・下地の状態・地域により変動します。

差は1室あたり年10,000円前後10室保有していれば年100,000円です。

加えて、塗装の回では廃材処分費がかからず、工期も短縮できます。空室期間が数日縮まれば、家賃7万円の物件で1日あたり約2,300円の機会損失が減ります。見積書に表れない部分を含めると、実際の差はもう少し大きくなります。

まとめ

  • クロスシャイニング(クロス塗装・クロス塗り替え)は、既存クロスを剥がさずに専用のクロス染料で再生する工法
  • 費用は張替えより約3割安く、廃材が出ないぶん工期も短縮できる
  • 持ちは2〜3年。これは入居者の入れ替わりサイクル(約2年)とほぼ一致する
  • クロスは耐用年数6年だが、実際は退去のたびに張り替えている。しかも改正民法621条により通常損耗・経年変化は原状回復義務から除外され、その費用は実質的に貸主(大家)負担になる
  • この前提で計算すると年あたりのコストはクロス塗装のほうが低い(約28,000〜35,000円 対 約50,000円)。これが近年注目されている理由
  • 特に効果が出るのは回転が早い物件・保有戸数が多い場合・繁忙期直前・汚れが軽微な場合
  • 3回程度塗るとクロスが剥がしにくくなるため、3回に1回は張替えを入れて下地をリセットする。 この「塗装→塗装→張替え」のローテーションで計算すると、年あたり約40,000円 対 約50,000円(1室あたり年10,000円前後の差)
  • ヤニ等で下地が汚れていると1回塗りでムラが出る可能性がある。必ず現況を見てもらうこと

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※本記事の費用・耐用年数はいずれも一般的な目安です。クロスの種類、汚れの状態、施工面積、地域などにより変動します。特定の事業者・商品を評価または批判するものではありません。